「くそ、お前はよ身長寄越せや」
「無理ですってばー」
 これはお決まりのやり取り。
 あの時の借りを返す、と言って居酒屋に連れて来られたものの、先輩はまたもお酒の飲みすぎで俺に肩を借りることになってしまった。別に俺は構わないが、どうやら先輩は気にしているらしい。
「またお前に家まで連れ帰って貰うことになるとはな」
「先輩、やっぱジョッキ三杯以上は無理なんすよ」
 何度か飲み会の時に数えていたから知っている。先輩は四杯目を飲み干した時必ず寝てしまう。ちなみに今日は三杯半まで飲んだ時点で俺が取り上げたが、それでもダメだったようだ。
 ふらふらと覚束ない足取りで歩く先輩の重心は、俺に寄っかかったり離れたり。俺は、眠いのかすっかり口数が減った先輩のつむじを見ては、寝んといて下さいよ、と肩を叩く。
 先輩の家まであともう少し。
「あの、先輩ってお酒好きなんですか」
「好きに決まっとるやろー……」
 キレがない喋り方に少し笑いそうになる。
「だから飲み過ぎるんすね。気の毒やけどやっぱ限界は越さんようにせな」
「うん……」
「俺がおらんくて、皆先輩ほって帰ったらどうするんすか」
「うん……」
「先輩、聞いとる? 起きて下さいよ」
「起きとーって……」
 先輩は俯きながらひらひらと手を振る。これは後で聞いても記憶が残ってないパターンだろうな、と俺は悟った。そして翌日また「借りを返したいから奢る」と言われるんだろうな、とも。
(今度は、ファミレスとか連れてってもらお)
 先輩が酔う心配のない所で奢ってもらわない限り、このループは永遠に続くんだろうと思った。逆に貸し借りがなくなれば、こんな風に二人で飲みに行くこともきっとなくなるのだろう。けれど俺はそれでいいのだ。やっぱり遠慮してしまうし、先輩にも何だか悪いから。
「俺もなあ」
「はい?」
「一人の時にはこんなべろべろになるまで飲まんわ、さすがに」
「ふうん」
 我ながらなかなかの棒読みだった。いつもと違って、先輩がそれにつっこむことはない。  先輩はいまだ俯いたままだ。つむじからぴんと伸びた一本の髪の毛が面白く揺れている。気になる、抜きたい、と思いながらじっと見ていると先輩が、
「お前は俺をほって帰らんやろ。だから、どっかでそう思って気ィ抜いて……飲みすぎんのやろな……」
 と、言った。先輩がこんなことを言うのは珍しくて、不覚にも俺は驚いて歩みを止めそうになった。
「今度はほって帰るかもしれんなあー」
「うそつけ。お前は絶対そんなことせん」
「先輩俺のことあんま知らんくせに」
「知っとるわ。お前、俺がカメラ向けたら絶対笑いよるもん。無自覚で写真映りええんや、お前は」
 急に饒舌になった先輩に、俺は「今そんなこと全然関係ないでしょ」とつっこめなかった。
 先輩の家まで、あともう少し。
 明日の先輩はきっと言ってくれないだろう言葉が、俺の胸にすとん、と落ちた。

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