アルフレッドが教える何かを、テオが拒否したり嫌がったりしたことは今まで一度もなかった。
 テオは基本的に、知ることに有り難みを感じる人間だ。豊かに生きていくための手段を教えてくれたのはアルフレッドだし、毎日夢中で読む本は様々な人の手によって作られていると知っているからだ。だから知ることが許されるうちは、自らそれを拒否しない、とテオは決めているようだ。特にアルフレッドが教えることには、今まで培ってきた信頼も手伝って、喜んで自分のものにしようとしつこくあれこれ聞いてきた。
 しかしさすがに、愛情表現についてはその範疇ではないらしい。アルフレッドがテオをベッドに押し倒してからというもの、彼は枕で顔を隠し続けている。
「テオ、服脱がせてもいいか」
「やだ」
「せめて身体にキスくらいさせろよ」
「やだ」
「セックスのやり方教えてやんねぇぞ」
「セッ……や、やだ」
 先ほどからずっとこの調子である。頑なに拒否するテオも、「教える」という言い方をしてテオが食い付いて来ないのも初めてだ。アルフレッドは内心少し戸惑っていたが、弱々しく可愛らしい声で繰り返される言葉が妙に愛おしくて、なかなか悪くないとも思っていた。
 しかしこのままでは埒が明かないので、アルフレッドは優しくテオの肩を揺さぶり、枕を持ち上げた。枕を握りしめていたテオの手が力なくベッドに落ち、恥ずかしそうな困り顔がようやく見える。アルフレッドは優しく微笑んで、彼の唇に触れるだけのキスをした。
「どうして嫌だ? キスは乗り気だったじゃねぇか」
 表情を隠せるものがなくなったテオはせめてもの抵抗として目を逸らした。アルフレッドからの問いにしばらく唸って考えたあと、
「アルがやりたいことなら好きにやればいい……と、思うけど、やっぱり恥ずかしくて。恥ずかしがってる顔をアルに見られるのは、なんか嫌だ」
 と随分可愛らしいことを言った。アルフレッドはそれを真剣に聞いていたがとうとう耐えきれず、小さく笑い声を漏らす。何がおかしいの、と珍しく不機嫌そうなテオの声が聞こえる。
 自分はテオに愛されているなと自覚しつつ、恥ずかしさに関しては慣れてもらうしかない、と他人事のようなことを思う。アルフレッドは長く息を吐き出すと、テオにこちらを見るよう促し、彼の頬をむにむにと指で弄んだ。
 まだまだ子供の柔らかさだ。頬を持ち上げられて片目を閉じたその表情も、やはり幼い。
このまま事が進めば、言うまでもなくテオの初めての相手はアルフレッドになる。そのことに後ろめたさを感じないわけではない。アルフレッドはテオの頬を指で撫でながら問いかけた。
「お前は、俺とお前のどっちかが女だったら良かったのに、って思うか?」
「どうして?」
「男同士だと大っぴらに言えねぇし、窮屈だろ、色々」
「そっか……そうなんだ」
 今気づいた、というような表情を浮かべたテオを見て、アルフレッドは聞く相手を間違えたかと少し悔やんだ。こんなやりとりは、後ろめたさを緩和させたいために、自分を認めてほしいだけだ。
 大人になるってこういうことだ、とアルフレッドは心の中で呟く。自分が大人になったと思えば思うほど、素直で幼いテオが愛しくてたまらない。
 よほど顔に出ていたのだろう、優しく目を細めたテオが、慰めるかのようにアルフレッドの手をきゅっと握った。頬ずりしながら微笑むテオはアルフレッドの目に、筆舌に尽くし難いほど美しく映った。
 しかし発せられる言葉はいつも通り幼く、笑ってしまうくらい可愛らしい。
「同じひとなら男でも女でもいいって、読んだことがあるけど……僕はやっぱり、男の人のアルじゃなきゃ嫌だよ。女の人のアルには会ったことないけど、僕は今のままのアルが好き。何も変わってほしくない」
 アルフレッドは緩む表情を隠すように、テオにのしかかった。胸の辺りに小さな鼓動を感じる。自分の心音と混じり合って心地いい。肩口に顔を埋めると、テオの肩幅が昔より広くなっていることを実感した。成長期かと思いながら首筋に優しく唇を落とすと、あからさまに身体が跳ね上がる。
「アル、急になにするの……」
「んー?」
 わざとらしくとぼけて見せる。このまま時間が止まればいいのに、とらしくないことを思いながら、アルフレッドはテオの頭を撫でた。
 ずっとこのまま、テオを子供扱いしていたいのだ。まだ一人で生きていく力を持たない子供のまま、側に置いておきたいと思う。独占欲や庇護欲などという単純なものではない。もっと後ろ暗くて狡い、テオには打ち明けることの出来ないものだ。
「俺も好きだよ、テオ。お前が俺に言ってくれる言葉には到底及ばないけど、俺も本当にテオを愛してるんだ」
 アルフレッドは指先にまで意識を集中させて、テオの身体を抱きしめた。肩口に鼻先を埋めたとき自分と同じシャンプーの匂いを感じて、彼と出会って間もない頃を思い出す。そして瞼の裏でただ一人、まだ見ぬ未来の彼に許しを乞う。
 今は吐き出すことの出来ない秘密を、せめて愛の言葉に託すことを許してほしい。

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