本当に、あの二人はどうにかならないものか、と思う。いや、どうにかなってしまってほしい。
 相手を思いやらずに強引に事を進めてしまうのは良くないけれど、相手を大事にしすぎて奥手になるのも困りものだ。あの二人はまさに後者で、わたしが背中を押してあげないと何にも進まない。まだキスをしたかすら怪しい。
「別に、私は困らないんだよ。でも、やっぱりちょっと心配じゃない?」
 私がそう呟くと、くろは呑気に、そうかなあ、とか言っている。本当にこの男は頼りない。私がどうにか叩き直してやらなきゃいけない。どうして、私がこんなになにもかも背負いこんじゃってるんだろう。
「もー! くろは呑気すぎるのよ! あの二人このまま進展がなくて、もしもの事になってからじゃ遅いのよ!」
「それはないんじゃねえのー? なったとしても、それはお前に直接は関係ない事だろ」
「あるわよ! ……あの子には史郎しかいないんだよ、絶対。二人は運命の人同士だと思うもの」
 勢いよく立ち上がったものの、冷静に考えてもやっぱりあの二人は一緒に居なくちゃいけないと思って、そう言った。すとんとベッドに再び腰を降ろすと、くろも私の隣に座った。ちらりと顔を見ると、いつもよりちょっとだけ真剣な顔をしている。
 考え込む私の隣で、くろが思い出したようにゴソゴソとズボンのポケットを探り始めた。
「自転車の鍵ならそこにあるじゃない」
「違う違う。確かここに……あ、あった。はい、やる」
 拳を突き出すので恐る恐る手を出すと、小さいチョコレートが入った袋を乗せられた。
「なに、これ」
「見たまんまだよ。ふつうのチョコ。疲れた時には甘いものって言うじゃん」
「……ふーん。別に、疲れてないのに」
 変なもの入ってないよね〜? と茶化しつつ、内心有難く受け取った。すぐに袋を開けて口に含むと、肩の力が抜けた気がした。
 また反対側のポケットを探って出てきたチョコレートを、くろも口に含んでいた。頬がやや膨らんでいるのがおかしくて、ちょっとかわいい、と思ってしまう。声もなく笑うと、くろが何気なく言った。
「別に、長月から相談されてないなら、お前から何か動いたりする必要はないと思うけどな。あいつは困ったことがあったら絶対お前に言うだろうし」
「……そうだけど。大丈夫かなあ」
「お前は人の心配しすぎだよ。それになあ、何たってあいつの彼氏はあのしろだぞ? キスくらいしてるに決まってんだろ」
「……そうだけど」
 勝手に心配して、勝手に困ってる私が馬鹿だって言われてるみたいで、無意識にむくれてしまう。相談されてもないのに考えちゃうのは本当の事なのに。
 嫌だな、と思う。本当の事を言われて拗ねるなんて、可愛くない。
 顔を見られたくなくて俯いていると、顔上げろよー、とくろに言われた。軽い声に少し腹が立って、口をへの字に曲げたまま顔を上げる。
 ぱちっ。と、軽くおでこを叩かれた。
「ちょっと! 何して……」
 立ち上がって声を荒げた私の腕をくろが掴む。そのまま引き寄せて、短くキスされた。
 キスなんていつも、飽きる程してるのに、その後言われた言葉によって、どうしようもなく顔が熱くなった。
「お前はもうちょっと自分の心配もしろ。彼氏とはいえ男子高校生なんかをやすやすと部屋に入れてんじゃねえよ。おれだって……き、キスより先に進みてえんだぞ」
 途中までは真剣な顔して、いつになくかっこいいとか思ってたのに、最後の最後で口ごもってしまうところはやっぱりくろだと思った。決まらないなあ、と思ってそれでも、私はどうしようもなく恥ずかしくて嬉しくて、この恋人が愛しかった。
 かっこわるい、と笑い飛ばしてやりたかったのに、上手く声が出ない。私今どんな顔してるんだろう。
「……ばか。えっち。あほ。ばか」
「はあ?!」
 あの子は、私の親友は、もうこんなに恥ずかしい想いをたくさんして、史郎と前に進んでいるのだろうか。私に何も助けを求めないで、いろんな事を乗り越えているのだろうか。だとしたら、だとしたら。
(逆に私が、相談したいよ……どうすれば素直になれるの?)
 嬉しいのに好きだとさえ言ってあげられない事がもどかしくて、でもやっぱり何も言えなくて、ただ目の前にいる恋人の手を強く握り返す事で、了承済みだという事にしてもらった。
 くろが、急にしおらしくなるなよ、と言って笑った。でもそんなとこがやっぱり可愛い、とも言った。
 もう口の中にチョコレートは残っていないはずなのになんだか甘い味が広がって、それを逃さないように、また何かを覚悟するように、大きく息をのんだのだった。

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