母の日の五日前、おれは友人の史郎ーーしろのプレゼント選びに付き合わされていた。
「なあくろ、カーネーションって赤色だけじゃねえんだな。すげえぞ、虹色まである」
 なんとなくで付いて来てしまったおれをよそに、しろは街の小さな花屋に何の躊躇いもなく入って行った。なんていうか、絵になる。何せしろはとんでもないイケメンなのだ。
「お前……花屋できゃあきゃあ騒ぐなよ。女子か」
 花屋なんてメルヘンっぽい場所……と少し躊躇しつつ店内に足を踏み入れたおれは、小さい声でしろを窘める。が、その言葉はすぐに打ち返された。
「ゆるーいキャラクターグッズのぬいぐるみベッドに並べてる奴に言われたかねえな」
「悪かった、頼むからその話なるべく外でしないで」
 やべ、知り合いとかいねえだろうな。大学からそう遠くない花屋だから、友達が同じように花を買いに来ててもおかしくない。思わず後ろを振り向いたが、下校中の小学生たちが元気に走り去って行っただけで、同じ大学生らしい奴は見当たらなかった。
 そんなおれを置いて、店内の花を見回しながら奥へ進んで行くしろの後ろをばつの悪そうな顔をしながら付いていく。しろは普段なら絶対に入らない花屋という場所にテンションが上がっているらしく、おれを振り返ることもなくすたすたと歩いて回る。
「母の日って言えばカーネーションだけどさ、今はそうでもないらしいんだよな。ますます迷っちまうよ。……あ、これ可愛い。でもこっちも可愛いな」
 しゃがみこんで花を吟味しながらそう口にする姿は、何だか女の子をナンパしているように見えなくもない。ちくしょう、こいつは何をしてても絵になりやがる。そんなだからいつもおれは「引き立て役」って言われちまうんだ。
 おれは勝手に少し惨めになって、ため息をついてしろを見下ろした。
「それより宅配便で送れるものを選ばねえとだめだろ」
「そうだそうだ。でも絶対送料高いだろうなあ」
 そう言って口を尖らせたしろはすっと立ち上がった。艶やかな銀髪がふわりと揺れる。同じシャンプー使ってるはずなのに、おかしいな。思わず自分の髪を触ったがさらさらなんて効果音とは程遠い。しろより短い短髪だからちくちくした。
 おれが些細なことを気にしている間に、しろは若い女性店員に話しかけて一緒に花を選んでいた。
「こちらの商品なら宅配便で送れますし、お手入れも簡単ですから人気なんですよ」
「へえ、プリザーブドフラワーって言うんだ。これ花畑みたいで可愛いですね」
「ありがとうございます」
 おい、可愛いってのはその商品のことだよな。その店員に向けての言葉じゃねえよな。そう疑いたくなるほど、しろの声は無駄に色っぽかった。店員も同じことを思ったのか、恥ずかしげにしろから目をそらしている。耳も赤い。
(これだから顔も声も良い奴は)
 己の武器を知り尽くし、必要のないところでさえ惜しみなくそれを振るいまくるしろに呆れながら、おれは一足先に店を出た。長い買い物をする奴じゃないから、きっとすぐに出てくるはずだ。
「待たせたな。花、実家にそのまま送ってもらった」
「そっか。良いの見つかって良かったな」
 へらりと笑ってそう言うと、しろは嬉しそうに頷いておれの隣に並んだ。
 寒くも暑くもない暖かな陽を全身に受け、雲一つない空を見上げながらしばらくゆったりと歩く。春の訪れを感じて嬉しくなっていたおれはしばらく会話することも忘れていたが、ふと先程の花屋でのことを思い出した。
「あの店員さん、お前がナンパするもんだから照れちゃってたじゃん」
「ひでえ、別にナンパなんかしてねえよ」
「そんな風に見えんの。お前ってただでさえ顔が良いんだから、あんな良い声出したら本気で惚れちまうって」
 てか、ほんと今日すげー天気いいな。淡々と言いながら青空を見上げて歩いていたおれは、その時しろがおれより少し後ろを歩いていたことに気がつかなかった。
「お前さあ」
 背中の方からしろの声が聞こえたので振り返ると、彼はほんの少し顔を赤らめながら言う。
「さらっとそういうこと言うの、おれだけにしとけよ。ほんとに」
 おれは意味が分からず目を丸くしていたが、やがて全てを理解して小さく笑った。おれの中にあるいたずら心はあっという間に膨らんで、
「へえ、照れてんじゃん。かわいいなしろ」
 なんて軽いことを言いながら肘でしろを小突いてみた。
「……うるせえ」
 すると予想外の反応。しろは口を一文字に結んで眉間に皺を寄せている。怒ってるように見えるけど、これがしろの照れた顔だ。その証拠にほら、頬は十分すぎるほど赤い。
「てか、今更どこに照れてんだよ。いつも散々言ってんだろ。お前は見た目も声も良いし、おれはとっくにしろに惚れてるよ」
 おれは小さい声でそう言って、しろの手首を掴んで走り出した。帰ったらどんないたずらをしてやろうか。
 そうそう、さっきしろのこと「友人」って言ったけど、実はおれたち恋人なんだ。
 ……エイプリルフールじゃねえからな、これ。

*お題指定創作BL企画

戻る