正面に座って、顔を近付けて、
「もっといろんな顔を見せてくれよ」
 と言えば、間を置かずに口付けられる。角度を変え次第に深くなっていく行為に身体が熱くなり、また流されるのかと心の中で自分に対して腹を立てた。
 九郎兵衛の怒った顔を見た事がない。悲しむ所も、拗ねる所も、見た事がない。無鉄砲に見えるくせに、心の中では史郎よりはるかに色々な事を考えていて、肝心な事は話さない。少年のように無邪気に笑う事で内に秘める本心を隠しているのではないかと、史郎はその事にも腹を立てている。
 口封じをされるように口付けられて、お返しだと言わんばかりに、九郎兵衛から何かを引き出すように合わせから手を忍ばせる。優しく腹を撫でれば声を抑えながら息を吸うのが精一杯だという様子で、それでも頑なに顔を見られる事を拒む。
「おれの顔なんて、見なくていい」
 聞き飽きた事を今日もまた口にする。見られたくないのか、と聞けばまた黙って口を塞がれる。
 心の全てを知る事は決して出来ないし、いけない事だと思う。けれどせめて目に見えるものくらい、余す事なく見せてくれても良いのに、と思う。それが出来る程には、二人はもう十分共に過ごした。
「何でそこまでして隠すんだ」
 苛立った声で史郎が言う。そして一瞬悲しそうに眉間に皺を寄せてから無言で目を逸らした九郎兵衛に、勘弁してくれ、と小さく吐き捨てた。
「責めてる気分だ。そんなに答えたくねえならもう何も聞かねえよ」
 帯を解いて後ろに放り、着物を脱いだ。余計な事を考えられなくなるくらいめちゃくちゃにされたい気分だった。
 九郎兵衛は帯を解いてから着物をはだけさせ、やはりもう一度口付けてから、徐々に体重をかけて史郎を押し倒していく。されるがままに組み敷かれながらも背中に手を回すと、九郎兵衛がびくりと反応して一言呟いた。
「……おれたちは、ずっと一緒にはいられねえ」
 それは、と史郎が口を開く前に九郎兵衛が続きを語る。
「それは性別の問題だったり、一味の問題だったりいろいろだが、覆ることのないその事実を恨めば恨むほど、なぜだかおめえがいとおしくなるよ」
 彼はもう顔を隠さなかった。真っ直ぐに史郎を見つめて、時々悔しそうに唇を噛み締めていた。当然そんな姿を見てしまえば、そんな言葉を言われてしまえば史郎から語れることなどなにひとつない。
「まったく困ることに、綺麗じゃねえ恋ってのもあるもんなんだな」
 九郎兵衛が泣いているのは、今までにないほど熱くなった史郎の頬に落ちた冷たい涙でわかった。

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